房総に人を呼び込む「B.B.BASE」の秘密

参照:東洋経済
房総半島を、ユニークな電車が走っている。JR東日本千葉支社が2018年1月から運行している「B.B.BASE」だ。B.B.BASEとは、「BOSO BICYCLE BASE」の略。ロードバイクやクロスバイクなどのスポーツサイクルとともに乗車し、房総半島でサイクリングを楽しむための専用列車だ。両国駅の地平ホームを起点に、週末を中心に内房コース、外房コース、銚子コースなど4コースが運行されている。
自転車がブームと言われて久しいが、なぜ今、スポーツサイクルに特化した列車が登場したのだろうか。
サイクルトレインの本格開始は2014年
「千葉県東部に安定して人を呼び込むための、自転車と鉄道による新しい旅として提案させていただきました」
そう語るのは、JR東日本千葉支社企画・地域共創課の利渉敏江氏だ。千葉県を訪れる観光客の数はここ数年増加傾向だが、賑わいは船橋、松戸といった県西部に集中している。2017年度の千葉県観光入込調査報告書によれば、館山、安房鴨川といった南房総を訪れる観光客は、千葉県全体の6.5%にすぎない。鉄道も、東京湾アクアラインや館山自動車道など道路交通の整備に押され、内房線の特急「さざなみ」が減便・短縮されるなど苦戦が続いている。「鉄道と自転車を組み合わせ、地域の人々とつながりをもつことで千葉県東部の交流人口を増やし、鉄道の利用客増にも結びつけたいと考えたのです」(利渉氏)
千葉県は、もともとサイクルスポーツが盛んな地域だ。毎年春と秋を中心に「ツール・ド・ちば」や「GREAT EARTH千葉南房総ライド」など、さまざまなサイクリングイベントが催されている。JR東日本千葉支社は、2009年ごろに、こうしたイベントに合わせて臨時のサイクルトレインを運行したことがあったが、その後はしばらく途絶えていた。
サイクルトレインが本格的に始まったのは、2014年からだ。前年に、南房総の自治体とJRによって「南房総観光連盟」が設立され、サイクルツーリズムが柱のひとつとして注目されたのである。
だが、当時の車両は209系2000番台・2100番台。ロングシート主体の通勤用車両で、自転車はつり革に取り付けたアタッチメントに吊して搭載した。アタッチメントを着脱する作業は煩雑を極め、1日列車を走らせるために、3~4日は車両を押さえなくてはならなかった。サイクリストからの評判は上々だったが、イベントに合わせた運行がせいいっぱいで、新しい需要の創出には至っていなかった。
一方、観光地側も、駅から見どころまでの二次交通が課題となっていた。送迎や路線バスには限界があり、レンタサイクルも、房総に人を呼び込むコンテンツにはなっていなかった。
南武線最後の209系の引退が好機に
都心から、直接スポーツサイクルを持ち込める専用列車を定期的に運行すれば、これまでサイクルツーリズムに無縁だった層を呼び込め、同時に駅からの行動範囲も飛躍的に広まって二次交通の問題を改善できるのではないか。新規需要創出と二次交通問題という、2つの問題に対応できる施策として生まれた企画が、サイクルトレイン専用車両の開発だった。2016年のことだ。
だが、元となる車両が問題となった。車両の新造は予算的に不可能。既存車両からの改造が前提となるが、2016年当時は適当な車両がほとんど見当たらなかった。最初は特急「スーパーひたち」に使われていた651系電車が検討されたが、特急用であるため乗降口が2カ所しかなく、乗降デッキと客室が分かれているなど、サイクルトレインには適さなかった。
「いくらコンセプトがよくても、それを活かせる車両がなくてはコンセプトを実現することはできません。そこへ、南武線の最後の209系がE233系に置き換わる話がありました」(JR東日本千葉支社 営業部 販売課 宣伝グループ 八木雄基氏)
2016年当時、立川と川崎を結ぶ南武線では新型車両の導入が進み、2009年に京浜東北線から転属してきた209系は「ナハ53編成」を残すのみになっていた。それが、2017年にE233系に置き換えられることになったのだ。
「現在房総地区で主に使われている車両も209系ですから、メンテナンスや運転操作について共通化を図れます。4ドアロングシートなので、自転車を積み込むのに都合がよく、この車両を使うことになりました」(八木氏)
サイクルトレイン計画が遅れていれば、ナハ53編成は他の編成と同様廃車・解体されていたかもしれない。まさに絶妙なタイミングだった。
車両が決まると、次の問題は車内のレイアウトだ。いかにして、自転車を安全かつ簡単に積み降ろせる構造にするか。まずは市販のラックを試してみたが、うまくいかない。
「揺れる車内でも外れないなど、安全性をしっかり確保したうえで、どなたでも簡単に着脱できる必要がありました」(八木氏)
そこで出てきたのが、向かい合わせボックスシートの背もたれを強固なものにし、座席の背後に自転車を縦置きするラックを設置するというアイディアだ。手前に引き出したガイドフレームとラックで前輪を挟み込むようにセットし、ナイロンベルトで車体を固定する。シンプルで確実な機構だ。
縦置きラックのアイディアは、偶然にも209系のドア配置に合っていた。ボックスシートを配置すると、ドアと背もたれの間のスペースがちょうど標準的な自転車の高さと同じになり、ドア部に大きく干渉することなく縦置きできたのだ。さらに、座席を4+2人の配置にしたところ、1人分の座席幅がロードバイクの車体幅と一致。各座席の裏に1台ずつ搭載できる、理想的なレイアウトとなった。
「まるで、最初から自転車を搭載するために設計されたような寸法でした」(利渉氏)
乗客とともに創るB.B.BASEのコンテンツ
こうして完成したサイクル専用車両は、総座席数99席。床にはビンディング付きシューズに対応するゴム製の滑り止めが敷かれ、各座席には飲食も可能なテーブルとスマートフォンなどを充電できるコンセントが設けられた。4号車は一部の窓と乗降扉を撤去してフリースペースとし、大型液晶モニターが配置された。列車名は「B.B.BASE(BOSO BICYCLE BASE)」と決まり、2018年1月6日から運行が開始された。
現在、「B.B.BASE」は週末と祝日を中心に運行され、両国駅地平3番ホームから発着している。すべて旅行商品として扱われ、インターネットかびゅうプラザで、前日18時(または営業時間内)まで予約可能だ。
車内には、B.B.BASE専任のクルーが乗務している。JRから委託を受けた外部スタッフで、房総地域の観光や、自転車についての豊富な知識を有している。往路の車内では、おすすめコースを紹介するブリーフィングが行われるが、ここで紹介されるコースはすべてクルーによる手作り。復路の車内で「南風が強く、向かい風で大変だった」と言われれば、翌日の運行ではその情報を注意事項として盛り込むといった具合に、乗客からの聞き取りによって毎回細かくアップデートされている。
「案内担当の車掌が乗務していないので、車内保安要員としてのほか、車内でも楽しんでいただけるよう配置しました。単に観光案内だけでなく、自転車の知識が豊富なクルーと契約して、現地で自転車にトラブルが生じた場合も対応できるようにしています」(利渉氏)
この結果、B.B.BASEはJR東日本の観光列車としては異例とも言えるほど、手作り感覚にあふれた商品になっている。1日サイクリングを楽しみ、帰りの列車に乗車すると、サービスやサイクリングコースについてのアンケートが配られる。通常ならアンケートは回収されて終わりだが、B.B.BASEは内容を確認したクルーが乗客のもとを訪れ、質問に回答したり、より詳しい情報について尋ねたりする。これが「みんなで作る列車」という空気を生み出し、熱心なリピーターの獲得につながっている。
「オープンソース」の観光列車
乗客自ら新たなサイクリングコースにチャレンジし、フィードバックしてくれるケースも多い。一度参加した乗客が、「面白かったから」と別の仲間や初心者を連れて来るケースもある。また、地域の広域連携も当初の想定以上に広がっている。元は千葉県限定の企画だったが、佐原コースの設定をきっかけに、近年は茨城県との連携も進んでいる。
サイクリスト専用の列車と思われがちなB.B.BASEだが、その実態は、乗客とクルーが一緒になってコンテンツを日々成長させていく、言わば「オープンソース」の観光列車だ。自転車を持っていなくても、両国駅で自転車を借りることができるので(要予約)、この夏、暑さ対策をして参加してみてはいかがだろうか。
栗原 景 : ジャーナリスト
記事元:東洋経済