電動アシスト付きスポーツ用自転車(e-BIKE)は色々な層が自転車を楽しむためのツールとして注目されている。特にシニア層の体力をサポートするツールとしても注目されているが、実際にどうやって楽しめばよいか提示する場というのは少ない(実際に楽しめる場は少ない)。そのような取り組みの一つとして、愛媛県が「シニアスポーツサイクル体験会・e-BIKEライド」を10月20日、今治市を発着地点に開催した。60歳以上を対象にした全国でも珍しいe- BIKEライドに編集部も同行し、その取り組みの可能性について探った。
平成26年から愛媛で続くシニア教室
参加資格は60歳以上、平均年齢66歳の全国でも珍しいシニアによるe-BIKE体験会が愛媛県今治市で開催された。最高齢81歳の加地弘さんは「これまでも愛媛県のシニアスポーツサイクルイベントに参加してきたけれど、e-BIKEがどんなものか試してみたかったんです」と参加の理由を語った。
今回の取り組みは愛媛県が平成26年から行っている「シニアスポーツサイクル体験会」の新たな取り組みとしてe-BIKE教室を初開催したもの。男性8人、女性7人の総勢15人が愛媛県内から参加。今治市南部の唐子浜自動車教習所での座学と実技講習と、しまなみ海道を走る往復約40kmのライドがセットになった贅沢なイベントとなった。
教習所でたっぷり3時間教習
初めて乗るスポーツバイクがe-BIKEという人も多く、朝8時からの講習にはたっぷりと3時間が費やされた。地元今治を拠点にレース、サイクリング文化の普及に努める門田基志さんが講師で、地元MTBチーム「焼鳥山鳥レーシング」から9人、伊予銀行サイクリングチームの2人の総勢13人が「ほぼマンツーマン」状態で手厚いサポートに入った。まずはフリーアナウンサーの作道泰子(さくどう・たいこ)さんと門田さんから、ヘルメットの選び方、かぶり方、グローブの付け方、そしてスポーツサイクル、e-BIKEの乗り方、ハンドサインなどの概要が伝えられた。
シニアe-BIKE教習ポイント・講義編
① 分からないことがあったら、なんでも講師に聞くこと
② 自転車は車両の仲間であることを意識
③ ハンドサインはライドリーダーの指示が分かればよい
参加者した理由は人それぞれ。初参加から、過去のシニアサイクル教室を受けて友人を誘って参加したという人もいたが、いずれもe-BIKE初体験の方が多かった。新居浜市から参加した栗原久美子さんは「買い物用の電動アシスト車には乗っているけれど、もう少し速いe-BIKEに乗ってみたかった」。別の女性参加者は「自転車でお遍路をしたくなり、一般用自転車で坂の上にあるお寺に行ってみたらこけてしまい、e-BIKEなら自分でも坂を上れるのではないかと思い参加しました」とそれぞれだったが、60歳を超えて新しいことを学ぼうする皆さんのポジティブさに驚かされた。
30分ほどの座学講習を終えると、教習所の道路で、実技講義に移った。1グループ2、3人に分かれ、講師が2人がつくまさに手取り足取り状態。門田さんが所属するGIANT から、クロスバイクタイプのESCAPE RX-E+と女性ブランドLivのESCAPE RX W-E+が合計20台を使って、e-BIKEの取り扱い方、乗り方が丁寧に教えられた。
シニアe-BIKE教習ポイント・実走編
① e₋BIKEに乗るとき、降りるときに特に注意。
② 大変だったら、バイクを傾けてからまたがる。
③ ブレーキが良く利くので、前後同じ力でかける。
④ ディスプレー(スピードメーター)と変速機のインジケーターをあまり見ないように。
いずれも転倒を防ぐための指示で、シニア層の体力、体格を気遣ったキメの細かい指導が印象的だった。まずは乗り方。高齢者は股関節の可動域が狭くなることが多く、足を上げにくいので、乗車時の転倒に気を付けることが重要。スポーツサイクル特有のトップチューブに足がぶつからないよう「またがるときには、自転車を傾けてからまたがって、その後に立て直しましょう」と声掛け。参加者は要領よくマスターしていた。また制動力が高いディスクブレーキの注意点、シフトチェンジの仕方など、一般用自転車との相違点を丁寧に教わって、教習場のコースに出た。
e-BIKEならではの注意点
コースでは、公道での走行を想定して、路上駐車の車を避ける練習、集団走行の注意点、信号での止まり方、一時停止してからの再発進の動作を確認した。特に喚起されたのが「下を向きすぎないこと」。変速にともなうシフトレバー、ディスプレー(モニター)の見過ぎによる落車、追突について注意喚起された。
今回使用したe-BIKEには3つのアシストモード、変速が10速でいずれもハンドル中央についたディスプレーで確認することができた。しかし門田さんからは「画面表示はなるべく見ないこと。2秒下を見る間にずいぶん進んでしまい、転倒につながるので、変速や、アシストモードの変更は、感覚で覚えこんでください。大抵自転車が必要に応じてアシストしてくれるので、難しかったら何も変えないで大丈夫です」とアドバイス。最初は早歩きほどの速度で走っていた参加者だったが、2時間の走行教習の最後には、教習所の外周を時速20kmほどで一列に走れるようになり、午前11時いよいよ公道に出た。
教習所でも楽しそうだった参加者のシニアたちは、外に出るとさらに笑顔になった。交通量の多い国道を避けた海沿いのルートは、ヤシの木が映えたり、横に瀬戸内海が見えたり、景色を楽しんだ。工業地帯にかかる臨港橋でははじめての上りとなったが、「潮の香りが良いわね。風も当たって気持ち良い」と向かい風にもかかわらず、参加者の顔には笑みがあふれていた。
ルート選定にも安全第一の気遣いがあり、信号で止まることもほとんどなく、今治市中心部に到着した。今治市街では「今治よさこい祭り」に遭遇。自転車を降りて祭りを楽しみながら、最初の休憩地「サンライズ糸山」を目指した。今治市内の古い街並み、漁村を通過しすると来島海峡大橋を目の前にする海沿いののどかな道をクルージング。ハワイから来たという陽気なサイクリングチームも合流し、最後の急坂に挑戦した。
急坂でガイドを笑顔で抜く
通常のMTBでガイドする山鳥レーシングのメンバーが苦悶の表情で立ちこぎするほどの急坂だったが、60歳以上のシニアの方々はますます笑顔。「こんなにe^BIKEは楽なのね。笑顔が止まらないわね」と女性参加者は息も切れなかった。ジョインしたハワイのサイクリストからは「I wanna ride your e-BIKE!」(あなたのe-BIKEに乗らせて!)と羨望のまなざしで向けられ、参加者はますます嬉しそうに坂をのぼり、サンライズ糸山に到着した。

参照:Cyclist
サンライズ糸山はレンタルバイクも常備のサイクリングステーションとして有名だが、来島海峡大橋を大きな窓ガラス越しに見ながら「風のレストラン」で地元の魚を使ったおいしいフレンチを食べながら、ライド前半を楽しく振り返っていた。松山市から友人同士で参加した仲田美紀子さん(67)と宮崎節子さん(70)は「もう普通の自転車には戻れないかもしれないです。ずっと向かい風だったらしいけれど、言われて気づいたぐらいでしたから」と笑顔だった。
お腹を満たすと、いよいよしまなみ海道へ。快晴で風も程よく、参加者は笑顔で、来島海峡大橋の自転車歩行者専用道路を渡った。カメラを向けると、手を振ってくれる余裕も出てきていた。
橋と島をつなぐループ橋を下る場面でもライドリーダーの指示通り、少しずつ減速。周りとのスピードもしっかり合わせながら安全にクリアし今治側から渡って最初の島「大島」へ。秋の日光に照らされキラキラ輝く瀬戸内海や、造船所を横に走って折り返し地点の「よしうみバラ公園」に到着した。エイドスポットでシャインマスカットやお菓子で補給しUターン。大島の下田水港まで移動した。
ここからバイクをトラックに積み込み、来島海峡急流観潮船に乗り込んだ。来島海峡は潮の流れが激しい「日本最大急潮」の1つに数えられ、復路は来島海峡大橋をくぐって下から見たり、海峡でぶつかりあう激しい潮流を間近に見たり撮影。いつもとは違う「しまなみ」を体感した。造船中のタンカーの下まで寄ったりしながら午後2時半に今治港に帰着した。
柑橘を楽しむ「えひめオレンジサイクリング」も紹介
船を降りると、サイクリングをより楽しむためのイベントとして、愛媛県内の施設約30カ所を巡るスタンプラリー型のサイクリングイベント「えひめオレンジサイクリング」を紹介。柑橘を味わいながらライドするイベントで3年目の今年度は、“森のキャビア”とも言われる珍しい柑橘「フィンガーライム」をピックアップ。オクラに似た果実に入った2mmほどの小さな粒の果実だが、グラスに炭酸水と一緒に入れると、フワフワと漂い目にも楽しめる。
同イベントは第1シーズンは11月24日まで、第2シーズンは来年2月24日から3月31日開催。11月17日に愛媛県八幡浜市で「かんきつグルメライド in 八幡浜」も開催。ガイド付きツアーが行われるほか、参加者全員にみかんを模した特製サイクルキャップがプレゼントされるという。
えひめオレンジサイクリング
■開催日程:シーズン1/2019年10月12日(土)~11月24日(日)、シーズン2/2020年2月24日(土)~3月29日(日)
■内容:専用のアプリで施設をめぐってスタンプをゲットし応募。取得したスタンプの数に応じて応募できる賞品が異なります。
■参加方法:アプリ「いまどこ+」をスマートフォンからダウンロード、GPS情報をもとにイベントに参加。
■参加料:無料
■アプリ詳細:https://ehime-yumeguri.jp/about_orange/
■応募締切:シーズン1/2019年11月30日(土)、シーズン2/2020年3月31日(火)
港から発着地点の教習所までは残り5km。往路と比べると、参加者のみなさんはさらにe-BIKEの扱いに慣れた様子で走っていた。自転車で走る子供たちに声をかけたり最後まで楽しみながら、往復40kmのサイクリングを全員無事に完走した。完走した喜びはみなさんひとしお。このイベントで同じグループになり、友人になった井手正賢さん(60=松山市)は「平地も坂も、ものすごく楽だった」。森照夫さんは(71=今治市)「やっぱり予想外に自転車が軽く感じました」と印象を語った。
主催者の愛媛県スポーツ・文化部・地域スポーツ課スポーツ振興グループの森栄二さんは「スペシャルメンバーのサポートでe-BIKEを楽しんでいただけた皆さんの笑顔が印象的でした。e-BIKEをこれからも愛媛県は推進していくので、これを機会に乗り続けていただきたい」と総括した。
宮田由利子さんは「本当に楽しかった。シニアサイクリングに参加して3年目ですが、e-BIKEは運転していて楽しいですね。これからも乗ってみたいと思いますが、なかなか高価だと聞いたので買うことはできないのですが、どこで乗ったら良いですかね」と質問があった。このイベントの総括と今後の活用法について門田さんに聞いてみた。
門田基志さんのイベント総括
このイベントを通じて、スポーツサイクルが自分達には関係無い世界だと思っている人たちもサイクリングを楽しめる!そして健康寿命をのばせると感じています。年齢や性別、体力差関係なくしまなみ海道を往復も人ごとではなくなる。近年、色々と交通ルールの考え方が変わってきているが教習所で交通ルールをきちんと学び、普段の生活でも安全に自転車を活用してもらえる。
今回はレンタサイクルを使いイベントを展開しましたが、いきなり買わなくてもe-BIKEレンタル(ジャイアントストア今治で税別5時間7000円、1日1万円)で楽しんでもらうのも1つの方法、更にもう一歩楽しみたい人は購入など、e-BIKEを知らない人が多い日本では試乗会というより、具体的にどうやって楽しむか?これを明確な形として提案する事が大切だと思います。
シニアを後ろから支えた医療サポートカー
最後に今回シニア層が安心して全員完走した裏側に、医療体制で大きなサポートがあったことも付け加えたい。今回参加の15人を1台の救護タクシーが後ろから見守り続けた。松山市を拠点に天山病院やタクシー会社などを展開するアトムグループが医療面でバックアップ。普段は介護タクシーとして活躍する救急車型のバンには、患者用ベッド、酸素ボンベ、AED、心拍計、救急セットなど、万が一に備えた救急医療体制が整っていた。
さらにスタッフには、運転手としてアトムタクシー取締役部長の髙岡優さん、救護スタッフとして天山病院の地域医療連携室室長の青木香代子さんが帯同。青木さんは「何もないのが一番なのですが、何かあってもしっかり対応するので安心して自転車に乗っていただきたい」と話し、エイドでも積極的に補給食を出しながら参加者と交流。参加者も「こんな救護体制があるから、もし何かあっても安心です」と充実したサポートがあるからこそ、ライドに集中することができていたようだ。
多くの参加者の目標が「しまなみ海道を自転車で走り切る」こと。e-BIKEが普及すれば、より多くのシニア層がしまなみを走破することを目的に訪れるかもしれない。そんな可能性を実感したイベントだった。
記事元:Cyclist