ここ日本でも人気が浸透し始めている自転車競技「シクロクロス」をご存知だろうか? 元々はロードレース選手の冬季トレーニングとして始まり、ヨーロッパを中心に行われている競技だ。
周回数は走行中に決まる
シクロクロスとは、1周2.5~3.5㎞ある芝生などの不整地のコースを周回するもので、1種目のラップタイムをもとに競技時間に合わせて周回数が決められることが特徴だ。
たとえば、競技時間が30分で1周目に5分かかったとすれば、6周……。というように、走行している間に周回数が決められるのだ。
そのほか、コースにはシケインと呼ばれる棚場の障害物などが設けられており、いったん下車して進むことになる。上級カテゴリーではドロップハンドルの使用が義務づけられていることも、シクロクロスならではの面だ。
都市部や街中ではなかなか競技を行うのが難しいが、小学生から高校生を対象にシクロクロスを教える、「TCFシクロクロス自転車学校」が開催されるということで、肌身で競技の魅力を感じるべく取材に伺った。
自転車教育の難しさ
自転車学校が行われたのは、東京都小平市のとあるグラウンド。まず、午前中は芝生の上やデコボコした道、そして盛り上がった木製のパンプトラックを走る練習だ。
参加者は小さな自転車に乗った小学校低学年の子どもから、ロードバイクやBMX使用の自転車に乗った中学生まで、さまざま。女性の参加者も多く、いずれもヘルメットとサイクルウェアに身を包み、乗っている自転車も本格的……。自転車ブームの盛り上がりを感じられずにはいられない。
今回行われたシクロクロスの自転車教室について、東京都自転車競技連盟普及委員会(TCF)の日置聡氏は、次のように語る。
「TCFでは、『正しい自転車教育とは何か?』ということを考えながら、こういった自転車教室を開催しています。安全性を身につけてもらうことは重要ですが、危険性を訴えるだけではトラウマになってしまう可能性もあります。やはり、楽しく乗りながら危険性についても考えてもらうことが理想ですね。
今回のシクロクロスにしても、普段はやらないこと、道路ではできないことを安全な現場で練習することで、上手くなれるのではないかと思っています」
また、カリキュラムの作成についても注意を払っているという。
「同じスラロームを走るにしても、途中から片手にするなど、飽きさせないように工夫しています」
職人技が詰まったパンプトラック
そうした基礎的な練習を経て、午後からはよりシクロクロスの競技に近づけたメニューをこなす子どもたち。中でも目を引くのが、木製のパンプトラックだ。
「パンプトラック」とは、波打つような走路を、スケートボードやBMXなどを上下の体重移動(パンピング)だけを推進力として進むもので、近年はモジュラー式のものを設置する場所も増えている。今回使われたパンプトラックも、トラックを使って“デリバリー”されたものなのだが、なんと市販品ではなく「自作」なんだとか。
トラックを作ったのは、自身も自転車が大好きだと言う、建築会社を営む小島正治氏だ。
「パンプトラックはユーチューブやネット上の情報をもとに自作しました。町田や相模原近辺を中心に、“まちさが里山サイクリングの会”とともに地元のお祭りなど理解を得ながら走れる場所を探すうち、TCFさんからも声をかけていただいたんです。
自転車で走れるのは平らなところだけじゃないと知ってもらうことでスキルアップにも繋がります。また、山や道路、そしてこのパンプトラックのような道も誰かが作り、保守しているんだと知ってもらいたかったんです。自分が作ったものを見てもらい、実際に乗ってもらえるのは嬉しいですね」
まさにコースを通して人も繋げてきたというわけだ。運びやすさが重要となるトラックはそれほど長くないが、そんななかにも職人の技術が詰まっている。
「夜な夜な仕事のあとに作り続けて、完成するまでには3か月ほどかかりました。特に難しかったのは起伏の激しいR(こぶ)の部分とカーブの部分を繋ぐひねりの部分です。船大工や宮大工の技術にも共通しますが、糸を何本も張って骨組みを作り、幅の狭い板をカンナで削りながら組み合わせていきました」
急成長する子どもたちに驚愕
そんなパンプトラックは起伏で上下する際、ペダルを漕がずに体の重心移動で推進力を得るのだという。実際に見るとなかなか走るのが怖そう。大人から見ても腰が引けてしまうが、子どもたちが走り始めると……。
う、うまい! 小島氏が「午前と午後で全然違いますね」と語るように、子どもたちの成長力恐るべしである。
ペダルを漕がず走り抜けていくため、カーブに入る位置どりや進行方向への視線の合わせ方が重要となるらしいのだが、みんな上手。筆者も年齢や技術で分けられた各グループがひと通り走り終わったあと、挑戦しないか声をかけられたが、怖気づいてしまった。
レース姿は大人顔負け
気がつけばあっという間に時間が過ぎていったシクロクロスの自転車学校。続いては、芝生のコースやスラローム、短いパンプトラックに林間コース、そして自転車を持ち上げて柵を乗り越える、草レースが行われた。
各グループ、一日を過ごして身につけたスキルを発揮しながら、切磋琢磨していく姿は、本物のレースさながら。応援に駆けつけた親からも熱い声援が飛び交う。
自然のコースを走るため、なかには転倒する子どもも出てくるが、地面は芝生なので安全だ。実際、走り終えた子どもに声をかけてみると、「怖くないし、楽しかった!」との返事が。
また、歳上のグループのなかには、走り終えたあと手放しでガッツポーズをとる子どもたちもいた。ロードレースの中継で観るような姿に、筆者も思わず感動してしまった。
子どもとお揃いのウェアで、ギアチェンジやスタートの切り方についてアドバイスする親や、走り終わった子ども同士が感想を伝え合う様子からも、楽しさと技術力向上の両面が窺えた。
開催場所には課題も
そして、最後はTCFのスタッフと子どもたちを交えたリレー勝負。こちらも和気あいあいとしたなかに熱さが感じられる好勝負となった。
こうした自転車教室だが、まだまだ開催できる場所は限られている。パンプトラックや自然のコースも備えたシクロクロスともなると、なおさらだ。しかし、それだけに得られる経験値も大きい。TCFの宮内忍氏は次のように語る。
「過去の自転車教室では競輪場を使ったこともありますが、やはり場所が大事になります。普通の公園では自転車禁止のところも増えている。絶対に車が入らないところで、スピードも出せるとなると限られますよね。でも、普段公道ではできないことを通して、自転車の楽しさを知ってもらうことは、子どもたちの成長にも安全対策にも繋がることだと思います」
まだまだ課題もあるが、幅広い走り方を学ぶことで自転車をより楽しむことができるし、安全な環境で危険性についても触れることができる。こうした自転車学校や新たな人気競技はどこに向かって走っていくのか? その姿を追い続けたい。
<取材・文・撮影/林 泰人>
林泰人
ライター・編集者。日本人の父、ポーランド人の母を持つ。日本語、英語、ポーランド語のトライリンガルで西武ライオンズファン