
「環島」をご存じですか? 台湾をぐるり一周する旅のことです。とりわけ近年は、自転車による環島が人気で、秋には大規模なサイクリングイベントも開かれています。ライターの中村洋太さんが2017年11月、自ら挑戦した台湾一周自転車旅を報告します。まずは台北市から台中市まで、最初の2日間を。
バイクの集団をペースメーカーに
2017年春、旅行会社を退職してフリーランスのライターになったぼくは、英語を学ぶためアメリカ西海岸・サンディエゴの語学学校に通っていた。そこで生まれて初めて、台湾人の友達ができた。台湾は日本の隣にありながら、ぼくには未知の場所だったが、旅行をした友人は一様に「台湾は良い」と言う。何が魅力なのか、それが気になっていた。
行くと決めてから、女性タレントが自転車で台湾一周するテレビ番組を見たことを思い出した。日常ではなかなか得られない達成感を味わえそうだ。台北で自転車を借りて、2週間の日程で「環島」に挑むことにした。

参照:朝日新聞
台北の街を抜け出す前に龍山寺に立ち寄ったのは、ここが台湾で最も著名なお寺と聞いたからだ。駐輪場を探して歩いていると、不思議な歌声が朝の空に響いている。それはメロディーのついた台湾独特のお経だった。境内ではお坊さんだけでなく、地元の参拝客たちも声をそろえて歌っていた。その敬虔(けいけん)な姿に心を洗われながら、ぼくは旅の安全と成功を祈願した。
台北市の隣の新北市に入り、30分ほど自転車をこいだころだろうか。右側通行のため右車線を走ることには徐々に慣れてきたが、驚いたのがバイクの多さだ。信号待ちしていると前後左右に何台も集まってきて、青信号と同時にレースのような迫力になる。すぐ真横をバイクがビュンビュンと通り過ぎるので、ぶつからないかと、少し怖い。
しかし、これもしばらくして慣れると、逆に心強い味方に思えてきた。バイク集団の後ろにくっついていけば、車から身を守ることができ、また彼らがペースメーカーにもなってくれるからだ。群れに交ざる魚のような気持ちで、1キロ、また1キロと進んでいった。

参照:朝日新聞
2週間の行程は描いていたものの、天候や疲労、思わぬトラブルなど旅には様々な不確定要素があり、予定通り進行するとは限らない。だから天気予報や体調を見ながら、いつも前日の夜に宿を予約していた。
初日は85キロ先の新竹市を目指した。目的地さえ決めたら、自由に走る。道中の思わぬ発見や出会いにこそ自転車旅の魅力があるから、途中で気になる場所があれば寄り道をする。予定を決め過ぎないことが旅を味わうコツだ。
三峡の牛角クロワッサン、うまい!
三峡も、昼食を取るため偶然立ち寄った街だったが、期せずして赤レンガの古い街並み「三峡老街」を目にしたときは「これだよ、旅のおもしろさは」と胸が高鳴った。良い街じゃないか。

参照:朝日新聞
街の中心部へ向かうと、車が通れないほど人でにぎわっていた。さながらアメ横のよう。路上に大きな鍋を出して、揚げパンを作っている人もいる。野菜や果物を買っているのは地元の人々だろう。

参照:朝日新聞
そして牛の角の形をしたクロワッサンをおいしそうに頬張っているのは観光客だろう。クロワッサンのお店ばかり密集しているから、きっとこの街の名物なのだ。
「金牛角麺包」と書かれたそのクロワッサンは、チョコレートが練り込まれたもの、抹茶と小豆が練り込まれたものなど、いろいろな味があった。ひとつ買ってみたが、予想以上においしかった。

参照:朝日新聞
しかしそれだけで空腹は満たされない。屋台の匂いに誘われ、ゴマだれの冷やし中華のような麺料理を食べた。値段は約150円。ローカルフードは安くてうまい。皿洗いの手間を省くためだろう、お皿を透明なビニール袋に入れて、その上に盛り付けていたのが印象に残った。
新竹市の宿で、部屋に鎮座する「先客」
新竹市の宿に着いたのは17時を過ぎた頃だった。ぼくと同世代くらいの女性がオーナーを務めるゲストハウスに泊まった。「ここがあなたのベッドです」と指さされた2段ベッドの上段には、子猫が寝ていた。「あら!」とオーナーは笑っている。
同じことが日本で起こったら、文句を言う客もいるのかもしれないし、オーナーはオーナーで「大変申し訳ございません!」などと謝るのかもしれない。しかし台湾ではそうならない。お互いにほっこりして終わる。この大らかさが息苦しくなくていい。ぼくはベッドの片隅に荷物を置きつつ、猫の頭をなでた。

参照:朝日新聞
シャワーを浴びて、商店街で日本風のラーメンを食べた。経営するのは台湾人のようだが、日本食のお店はあちこちでよく見かけた。路地裏を通って宿に戻る途中、暗闇に光る「養生館」の文字に足が止まった。マッサージ屋さんの看板だ。久しぶりに長い距離を走り、思ったよりも疲れていたので、入ってみた。
「台北から自転車で来た」と伝えたかったが、スタッフは台湾人ではなく東南アジア系の人々だった。中国語ではない言葉がスタッフ間で飛び交っている。コミュニケーションをあきらめたぼくは、足裏のマッサージを受けながら、ウトウトと眠ってしまった。

参照:朝日新聞
環島中の同級生2人組がうらやましい
2日目は、海沿いのサイクリングロードを走りつつ、台中に向かって南下した。

参照:朝日新聞
台中は大きな街だ。台北を東京、台南と高雄を京都・大阪に例えるなら、台中は名古屋といったところだろうか。人口は必ずしも日本の街に対応していないが、そんなことを考えていたら、なんだか東海道を旅しているような気分になった。
東海道であれば箱根の山越えがあるが、幸い高雄までの間に大きな山はない。台湾の中央部が峻険(しゅんけん)な山岳地帯であるのに対し、環島のルートになる海沿いは平らな道が多い。初心者でも安心して走れるから、環島は多くの人に愛されるのだろう。
途中、環島にチャレンジしている台湾人の2人組に出会い、しばらく一緒に走った。2人は中学の同級生で、10日間で台湾を1周するつもりだと言う。

参照:朝日新聞
少し後ろから眺めていて、うらやましくなった。2人がずっと笑い合っていたからだ。
旅では思わぬハプニングに見舞われることが多い。ひとりでは落ち込んでしまうような出来事も、相方がいれば笑いに変えられる。また、美しい景色に出くわしても、共有できる相手がいないと寂しくなる。
大学生の頃は、ぼくにも一緒に自転車旅をする友人がいた。今でも久しぶりに会うと、その道中で出くわしたおじさんのモノマネや、不幸なハプニングなど、2人にしかわからない話に花が咲く。それはとても豊かな時間なのだ。きっとこの2人も、何年後かに再会して、環島の思い出話をするのだろう。
そんなことを考えているうち、車の渋滞が長くなってきた。車列の脇をヒュンヒュンと走り抜け、やがて台中に着いた。

参照:朝日新聞
記事元:朝日新聞