
あおり運転を妨害運転と規定した改正道路交通法が先月30日、施行された。罰則は最高で5年以下の懲役または100万円以下の罰金で、行政処分の免許取り消しの対象にもなり、一定期間は再取得できなくなる。注目は、自転車についてもあおり運転が認められ、車と同様の罰則が科されることだが、実はよくやりがちな自転車の運転も、すでに罰則対象になっている。自転車への取り締まりが強化されそうなだけに、危ない自転車運転についてチェックしよう。
「えっ、自転車で車をあおるってどうやって?」
そう思う人は少なくないだろう。それがあるのだ。法改正目前の6月15日、東京のJR荻窪駅近くの商店街で、自転車であおり運転をしていたとみられる40代の男が車を傷つけた疑いで警視庁に逮捕されている。
車のドライブレコーダーには、男の乗った自転車が車の右側から通り過ぎて画面から消えると、何かが車体にぶつかる音が記録されていた。さらに男は車の前に自転車を置き、車の通行を阻む映像も確認されたという。
周辺の防犯カメラからは、右側から通過する自転車がわざとハンドルを切ってぶつかるように見える映像を確認。立ち往生した車の後ろに渋滞が延びる様子や、車の周りを蛇行する様子なども写っていたそうだ。
あおり運転の対象となる違反は、車で10項目。そのうち、ハイビームの継続と高速道路での違反2項目を除く7項目が、自転車での対象だ(表1参照)。
荻窪のケースは法改正前のため直接の逮捕容疑は車を傷つけた器物損壊だが、法改正後の今なら別表の③⑤⑦などが該当し、妨害運転が適用される可能性が高いとみられる。
悪質な荻窪のような男性はともかく、やりがちな運転が罰則対象とはどういうことか。
■並走は2万円以下の罰金か科料
自転車は、軽車両の扱いで、歩道と車道が区別される道では、車道の左側を通行しなければならない。週末などに夫婦で自転車で並走しながら街を散策している人を見かけるが、原則アウトだ。道路交通法第19条は、軽車両の並進を禁じている(「並進可」の標識がある道路は、2台まで並進可)。罰則は、2万円以下の罰金または科料。

自転車運転者講習の内容は…
記者は先日、午後10時ごろに帰宅途中、自転車に乗っていた30代くらいの女性が警察に呼び止められる場面を目撃。その女性は車道の左端を走っていて、赤信号で停車。特に問題なさそうに見えたが警察がこう指摘していたことを覚えている。
「ちょっといいですか。お姉さん、停止線を越えていますね。停止線を越えると、一時停止したことにはなりませんよ」
見ると、前輪が停止線を越えていた。夜間で人通りも車の交通量もまったくなかったせいか、女性は検挙されることなく注意で済んだ。警察はこう念押ししていた。
「6月30日からは、自転車もあおり運転の対象になります。そもそも、一時停止をしていても、交差車両の通行を妨げると違反ですから、注意してくださいね」
一時停止違反の罰則は、3月以下の懲役または5万円以下の罰金。女性への声掛けは、法改正の周知が狙いだろうが、取り締まり強化の“におい”も感じた光景だった。
実は2015年から、道路交通法で自転車の危険な行為が定められている。そこに今回の「妨害運転」が加わって全15項目だ(表2)。15項目のうちのいずれかで取り締まりを受けたり、交通事故で送致されたりした人が、3年以内にもう一度いずれかの違反を行うと、自転車運転者講習を受ける義務がある。各都道府県の公安委員会の命令で、講習を受けないと、5万円以下の罰金だ。
この講習が、かなり面倒くさい。2年前に一時停止違反で講習を受講した40代男性が言う。
「交通ルールの理解度をチェックする小テストから始まって、違反のケーススタディー、疑似体験など幅広い。受講前は、座学で終わりなのかと思っていたら、グループディスカッションなどもありました。車の運転免許を大学時代に取ってから、今は15年近くペーパードライバー。細かい交通ルールはあやふやだっただけに、そこまできっちりやらないとダメなのかという思いでした。3時間で6000円と、かなりの時間を拘束された上、出費も痛かった」
たとえば、大阪では講習制度がスタートした15年から昨年末までに2万2969件が検挙され、161人が講習を受講している。15項目の違反は14歳以上が取り締まり対象で高校生の受講者も6人いる。大阪の違反行為の内訳は、信号無視が1万4643件、遮断踏切立ち入りが2516件、指定場所一時不停止等が829件、制動装置不良自転車運転が406件、通行区分違反が344件となっている。信号無視が全体の6割に上る。
記者が見かけた女性のように注意で済まされるケースが珍しくないとはいえ、万が一、検挙されると、信号無視や一時停止違反でさえ大変だ。弁護士の山口宏氏が言う。
「自転車の交通違反の取り締まりには、自転車指導警告カードと違反切符である交通切符の2つがあります。カードなら警察署に記録は残りますが、講習の要件にはカウントされず、前科もつきません。しかし、違反切符が切られて逮捕されると、最悪の場合、刑事責任を問われ、前科がつきます。そうなると、履歴書にも書く必要があり、就職や転職に響く。軽い気持ちでの信号無視が、人生を左右することになりかねません」
■高額賠償や実刑判決も
そういう違反があって、歩行者や車と衝突するなどして事故を起こすと大変だ。
「坂道を自転車で下る小学5年生が前方不注意で歩行中の62歳女性に衝突し、女性は植物状態になりました。被害者側が求めた損害賠償訴訟で神戸地裁は2013年、小学生の母親に約9500万円の支払いを命じています。2人乗り、並進、スマホを使用した、ながら運転などがあると、歩行者や車など相手方の状況によっては、自転車側の過失割合が上がる可能性もあるので要注意。今年4月から通勤や通学など日常的に自転車を使う人は保険加入が義務付けられているので、未加入の人は必ず加入することです」(山口氏)
11年5月には、大阪でタンクローリーが歩道に乗り上げ、2人の命を奪う事故が発生。実は、その事故で逮捕されたのは自転車の運転手で、容疑は重過失致死傷罪だった。裁判で大阪地裁は、禁錮2年の実刑判決を言い渡している。なぜか。
自転車は、赤信号を無視して、渋滞の切れ目から右から左に横断しようとしたところ、その自転車を避けようとして、ワゴン車がハンドルを左に切ったのにつられて、タンクローリーも左に急ハンドルして歩道に乗り上げた。裁判所は、自転車の違反が事故を誘発したと重く見たのだ。
ちょっとした軽い気持ちが重大事故を招く。3密を避ける手段としても便利な自転車だが、その運転は用心に用心を重ねた方がいい。
記事元:日刊ゲンダイ